宝塚バウホール 花組公演 Musical 『舞姫』 -MAIHIME-
宮村裕美です
宝塚バウホールにて
5月3日(水) ~5月14日(日)まで上演されました
花組公演
Musical『舞姫』-MAIHIME-
脚本・演出は植田景子さん。
この公演は、2007年に愛音羽麗さん・野々すみ花さん主演で宝塚バウホールにて上演され、
翌年2008年には日本青年館でも上演されました。
明治の文豪、森鴎外の初期の傑作「舞姫」をもとにミュージカル化したのが、この『舞姫』-MAIHIME-です。
舞台は日本が近代国家へと歩み始めた明治期。
国費留学生として周囲の期待を一身に背負い
ドイツ留学を果たした太田豊太郎が出会ったのは、清らかで美しいエリスという踊り子。
彼女と過ごすうちに心のまま生きる喜びを知り、
純粋な愛を育む豊太郎でしたが
二人の関係は世間の中傷の的となってしまいます。
日本への郷愁と祖国への使命感を抱え、苦悩する豊太郎。
やがて、彼の才能を惜しむ者たちの想いが、二人を悲劇の淵へと追い詰めて行き…。
この公演にて主演を務めるのは、聖乃あすかさん。
聖乃さんは2021年に宝塚バウホールにて上演されましたバウ・ミュージカル
『PRINCE OF ROSES-王冠に導かれし男-』
以来、2度目のバウホール公演主演となりました。
ヒロインを務める美羽愛さんも、2022年の
バウ・ワークショップ『殉情(じゅんじょう)』
に続いて2度目のバウホール公演ヒロインを務められました。
法学を学ぶ為にドイツに渡る日本陸軍所属の国費留学生
太田豊太郎を演じるのは、聖乃あすかさん。
端正な顔立ちに気品のある立ち振る舞いで
真っ白な軍服やスーツなど、どの衣装も見事に着こなしていました。
聖乃さんご本人の魅力である
柔らかさや包容力がいき、とても優しさに溢れる姿が印象的です。
国と愛する人の狭間に苦悩し、最終的には
国を選ぶことになってしまいますが、
豊太郎がエリスを想っていた気持ちは本物であり
愛しているからこその豊太郎の苦しさが伝わってきて、困難な中でもエリスへの愛を貫き通そうとする姿が魅力的でした。
また、聖乃さん豊太郎の優しさからは、
エリスに向けてだけではなく、周りの人に対する誠実さというところからも、人柄の良さを強く感じました。
同じく国費留学生であり、小心者である
泉まいらさん演じる岩井直孝へ
いつも気遣う言葉を掛けるなど
根底には常に優しさがあるからこそ、
豊太郎をよく思わない人々に対して
毅然とした態度を貫き通す姿の
対比もしっかりと表現され、彼がどれほど優秀な人物だったかということがよくわかります。
家を背負って、国のために他国へ学びに行くということがどういうことなのか、
豊太郎が背負っていたいくつもの重圧を
今の時代に生きる私たちが想像することは容易ではありませんが、エリスと出会い・惹かれていく豊太郎を見ていると
新しい世界や自由を知るきっかけとなったエリスが豊太郎にとってどれほど愛おしい存であり、特別だったかということが伝わってきます。
聖乃さんの美しいお顔は、美羽さんエリスを見つめる愛おしい気持ちが溢れ出る
穏やかな表情が魅力的なのはもちろん、
母の死を知った時の絶望の表情や
国と愛する人の狭間で苦悩する思いつめた表情など、美しさから生まれる様々な表情で魅せてくれました。
ヴィクトリア座の踊り子。生涯、忘れえぬ豊太郎の恋人
エリス・ワイゲルトを演じるのは、美羽愛さん。
豊太郎を一途に想い続ける姿が健気で、
美羽さんご本人の持ち味である愛らしさと相まって、思わず自然と守りたくなってしまう可愛らしさに溢れるエリスでした。
豊太郎から舞扇をプレゼントされた時の
顔を見るだけで“嬉しい!”という大きな気持ちが分かるニッコニコのキュートな笑顔も、
甘く優しく「トヨ」と、豊太郎の名を呼ぶ声も
一挙手一投足全てが可愛く、
豊太郎とエリスが幸せそうにしている場面では、
見ているこちらがときめくばかりでした。
そんな、愛にまっすぐな彼女だからこそ
豊太郎が祖国に帰るということが、
彼女にとっては今の自分の全てを失うことであり
その絶望がどれほどのものだったのかを強く感じます。
ショックのあまりまるで別人のようになってしまったエリスですが
豊太郎が病院を訪れ、再び彼女に舞扇の使い方を教えた際には本来の彼女の清らかな表情となり
優しい笑顔で豊太郎に微笑みかけます。
美羽さんのお芝居には心が動かされるあたたかさがあるなと強く感じました。
どの場面も目元から伝わってくるものが数多くあり、言葉だけではなく表情のお芝居も魅力的でした。
豊太郎の東大時代からの旧友。天方大臣の秘書
相沢謙吉を演じるのは、帆純まひろさん。
豊太郎のことを大切に想うあまり、
豊太郎とエリスを引き離すことになる人物です。
豊太郎が自分よりも優れていることを
理解しており、些細な言動からも豊太郎への信頼が強く伝わってくるのは学年も近く、
これまでずっとそばで一緒に舞台を作ってきた、聖乃さんと帆純さんだからこその、安定した空気感だなと感じました。
お芝居の前半では、豊太郎とは手紙のやり取りで物語が進み、他国で頑張っている豊太郎を日本から見守っているという立ち位置もあり、
大きなリアクションをしたり強いキャラクター性がある役ではありませんが、落ち着きながらもナチュラルにお芝居をリードする姿は
帆純さんのこれまでの舞台経験が活き、成長が感じられました。
相沢は自分の正義である、
国を変えるために重要な人物となる自分の友を
ここで終わらせるわけにはいかないと思い
豊太郎と別れさせるためにエリスに会いに行きますが、彼も決して悪い人ではないというのが特に伝わってくるのが病院のシーンです。
あまりにも大きなショックから、
人が変わってしまったようなエリスの姿を知って
顔を歪める姿からは、彼もひどく心を痛めていることが自然と伝わってきました。
エリスのことは諦めるよう
豊太郎を諭すように言い聞かせる場面では、
帆純さんの真面目さと優しさがにじみ出ており
まっすぐな心をそのまま表したかのような
澄みきった瞳で豊太郎に話しかける姿がとても素敵で印象に残っています。
西洋の美術を学ぶ為、私費でベルリンに暮らす画家
馳芳次郎を演じるのは、侑輝大弥さん。
自分の夢を叶えるために奮闘し、
大きな志と野望を秘めたその姿は、今を生きているというのを強く感じさせました。
元々大きくキラキラと輝く瞳が印象的な侑輝さんですが、そんな瞳がさらに大きく感じるほど
目から熱い想いが感じられて、若さゆえの真っ直ぐさがとても眩しかったです。
そして、そんな芳次郎が段々と病魔に侵され、
亡くなる直前に豊太郎と話す場面では
それまでの目の輝きは消え失せ、明らかに憔悴しきっており、今にも消えてしまいそうな儚く、繊細な姿に心を奪われました。
野心家であり自信たっぷりに見えながら、
どこか孤独さも感じさせる表情を垣間見せた
侑輝さんの芳次郎ですが、
最後に「ミリィ」と言い残す姿には
恋人であるミリィへの深い愛が感じられました。
芳次郎の恋人、ミリィを演じる
咲乃深音さんの芝居心溢れるお芝居も素敵で、
芳次郎のことを想うがゆえに
つらく当たってしまうところもありますが
ミリィの言動全てに根底には芳次郎への愛があり、芳次郎とミリィがベッドに並んで座り
仲良さそうに話す姿は幸せに溢れていました。
物語の中で、豊太郎は最終的には国のために日本に帰ることを選び、エリスと生涯共に過ごすことはできませんでしたが、
お芝居が終わった後には、
豊太郎とエリスの幸せな瞬間の象徴である
舞扇を使っての聖乃さんと美羽さんのダンスがありました。
幸せそうに目を合わせて踊られるおふたりを見ていると胸がいっぱいになり、このひと場面で心が救われたという方も多かったのではないでしょうか。
聖乃さんと美羽さん、
おふたりの優しさがそれぞれの役にいかされ
誠実な心で紡がれたお芝居だからこそ、
豊太郎とエリスの愛が特別であり、かけがえのないものだと感じることができる公演でした。