宝塚バウホール 星組公演 バウ・ゴシック・ロマンス『My Last Joke-虚構に生きる-』

 

宮村裕美です

 

10月18日(水) ~10月29日(日)まで

宝塚バウホールにて上演されました

星組公演

バウ・ゴシック・ロマンス

『My Last Joke-虚構に生きる-』

 

作・演出は竹田悠一郎さん。

 

今回の公演にて初のバウホール公演

主演を務めるのは、天飛華音さん。

 

同じく、初のバウホール公演

ヒロインを務めるのは、詩ちづるさん。

 

出演者は天飛さんを中心とする、星組30名の皆さんです。

 

物語の舞台は19世紀前半のアメリカ。

学生時代に文才を認められたエドガーは、叔母の家に身を寄せ、作家として売れると信じて短編や詩の創作を行っていました。

 

若い頃に実の両親、さらには義母までも亡くしたエドガーは常に孤独感に苛まれながら、すべての思い出を忘れないように心に灯る言葉を連ねました。

 

エドガーの寂しさを埋めたのは、叔母の娘ヴァージニアでした。

閉ざした心の扉を無邪気に開けて入ってくるヴァージニアをエドガーはいつしか心の拠り所としていきます。

 

創作を続けていたエドガーがついに脚光を浴びます。

しかし、その成功の裏で妻ヴァージニアの命が病によって奪われようとしていました。

再びひとり、孤独になる恐怖の中で、エドガー・アラン・ポーが書き残したかったものとは…。

 

この作品は、始まる前からすでに物語の世界観が作られており、幕開け5分前に緞帳が開くと真っ暗闇の中にそこにはライトがあたった扉だけがポツンとあります。

 

水が滴る音や風が吹き抜けていく音に鳥(鴉)が飛び立つ音など、どこか寂しげな空気感が広がります。

そこに表れるのが、天飛さん演じられるエドガー・アラン・ポー。

 

今回、開演アナウンスのタイミングも少し物語が始まったところからの開演アナウンスとなっています。

 

椅子に座り、机に向かってエドガーが執筆していると、すぐ後ろの扉から鳳真斗愛さん演じる大鴉が登場し、エドガーの背後に迫ります。

 

詩さん演じるヴァージニアもそのあと登場しますが、すぐに大鴉に捕らえられてしまいエドガーとヴァージニアのふたりを阻むのですが、ここからも、大鴉が死や死が迫りくる恐怖などを表現していることがわかります。

このように少しゾッとするような雰囲気からお芝居が始まり、とてもムードのある幕開けでした。

 

大鴉は様々な場面に登場しては、エドガーの苦しみを表現し、追いつめます。

大鴉を演じる鳳真さんの迫力あるダンスは、しなやかで美しく、スッと静かに現れてそこに佇み、踊るだけで自然と視線を奪われる抜群の存在感がありました。

 

大鴉が現れると、途端にその場の空気が一瞬にしてひんやりと感じられます。

普段は目力強めな生き生きとした笑顔が印象的な鳳真さんですが、ほぼ瞬きをしていないようにも見受けられ、何も感じられない無表情だからこそ迫りくるものがあり、どの場面でも感情を一切表さない、その徹底された表情のコントロールに感服しました。

 

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天飛華音さんが演じるのは、

作家(小説家)であり詩人のエドガー・アラン・ポー。

 

エドガーが成長するにあたり、身近にいる大切な人を失ってきたというのが大きな心の孤独となり、常にどこか寂しげで影を背負って生きています。

 

天飛さんのイメージといえば、熱さやパッションなどとても人間味溢れ、力強く生きているという舞台上の役のイメージがある方も多いのではないかと思うのですが、今回のエドガーは、そんな人としての生気が感じられず、うつろな目元や恐怖におびえる青ざめた表情など、苦しみを感じる場面がたくさんあります。

 

そんな中で、安心したように優しげな視線を向けるのがヴァージニアであり、彼女といる時の表情からはエドガーにとって、彼女は生きる意味であり、詩の創作のミューズであることが伝わってきます。

 

悲しげや切なげな表情も多いのですが、瞳の奥に潜む文学に対する情熱や真っ直ぐさも見受けられ、この真っ直ぐな瞳が輝くところはまさに天飛さんが演じるエドガーだからこその魅力だと感じられました。

 

また、グリスウォルドと対立するところなど、エドガーが悲しみを原動力に積み重ねてきた努力・彼自身の才能を発揮する場面では、天飛さんが本来持つパーンとした華やかさが弾け、客席に降りられた天飛さんを間近で拝見させていただいた私は、そのまとう空気感に「才能って放つオーラで感じられるのだな」と、思わずそう感じられずにはいられないほど、輝きに満ちていました。

 

 

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エドガーの心の拠り所、のちに妻となる

ヴァージニア・クレムを演じるのは、詩ちづるさん。

 

元気いっぱいの幼く可愛らしい少女から、病魔に侵されながらもエドガーを想う姿と、ただ可愛いだけではなくエドガーを包み込むヴァージニアを等身大で演じられていました。

 

机に向かうエドガーに会いに何度も勝手に部屋に入ってきてはちょっかいをかけるのですが、その無邪気な姿は本当に愛らしく、その姿にエドガーが救われるのも納得の天性の愛らしさが感じられます。

 

ある日、親族からヴァージニアを引き取りたいという手紙が届きます。

その時にエドガーはヴァージニアが自分の創作に欠かせない存在であることを強く意識し、ヴァージニアも最初は戸惑いがあるのですが、それを受け入れ、結果的にはふたりは互いにとって必要であり、想い合った存在であるというのが伝わってきます。

 

外でエドガーに後ろから抱きしめられ、恥ずかしいと戸惑いながらも次第に受け入れ嬉しそうに微笑む姿を見ていると、ヴァージニア自身もいつの間にかエドガーに惹かれていったように感じました。

 

幸せそうに笑う詩さんヴァージニアが天使のように可愛らしく、あんなにも愛しい存在が一瞬でもそばにいてくれる幸せを知ってしまったら、エドガーも失う怖さから目をそむけたくなってしまうよね…と、納得です。

 

愛が大きいからこそ、エドガーとヴァージニア、互いにヴァージニアに死が迫りくるのを受け入れられず、2幕でのすれ違いを表現した悲しげな表情と歌に胸を締め付けられますが、1幕での元気いっぱいなところから、2幕での儚さと、ヴァージニアの気持ちや状態を繊細に演じられるところに、詩さんの芝居心が感じられました。

 

 

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編集者のルーファス・ウィルモット・グリスウォルドを演じるのは、碧海さりおさん。

天飛さん演じるエドガーと、詩人と編集者という異なる立場ではあるものの、この作品にて敵対する立ち位置にいるのがグリスウォルドです。

 

彼には彼の信念があり、最初から最後までエドガーとは対立しあったままの関係なのですが、グリスウォルドが放つ理路整然とした言葉たちが、碧海さんのよく通るいい声と滑舌も相まって、真っ直ぐに突き刺さってきます。

 

才能のあるエドガーを羨ましく思い、嫉妬しているのですが、エドガーがヴァージニアをふたりの対立に巻き込むなと言うと、「彼女はもうあなたの人生に巻き込まれているじゃないか。あなたの作品の肥やしにされている。病気になり、なおあなたのために生かされている」と、彼女が亡くなったら書くことをやめることができるのか?と、執拗にエドガーのことを追い詰めます。

 

時にはエドガーへの嫉妬心を強く表すものの、冷静に落ち着いた様子で淡々とエドガーに迫る役どころは、悪役ではないため、そのバランスや心の持っていき方が難しい役どころかと思うのですが、それをナチュラルに演じられる碧海さんが見事でした。

 

 

編集者のナサニエル・パーカー・ウィリスを演じるのは、稀惺かずとさん。

 

登場してくると、その場がパッと明るくなるようなスター性があり、いい人であるという温かみのある役柄と稀惺さんの柔らかなオーラがとても合った人物だなと感じました。

 

一人で舞台に登場され、一部ストリーテラーを担うようなところもあり、立ち位置でいえばエドガーの味方ではあるものの、説明セリフの場面では中立の立場を守りと、そのメリハリがとても分かりやすく印象に残っています。

 

どんな時も自分の信念を貫き、しかし強いだけではなくエドガーを見守っている優しげな雰囲気もあり、そんな自分の正義を真っ直ぐ通すところが、とてもアメリカ人らしいなと感じられました。

 

 

女流詩人、フランシス・サージェント・オズグッドを演じるのは、瑠璃花夏さん。

当時、女性が活躍することは難しかったであろう社会の中で、自立し真っ直ぐに生きるかっこいい女性がフランシスです。

 

瑠璃さんの凛とした美しさが際立ち、その声や仕草と美しさの中に強さが感じられ、周りの男性陣が惹かれてしまうのも納得の気高さがありました。

 

また、互いを尊敬し認め合っている同志、というようなエドガーとの関係性がとても魅力的で、彼女の強さだけではなく、女性としての温かさや優しさが表現された、2幕のやつれて寂しそうなヴァージニアを膝の上で寝かせて、エドガーが来るまで見守る姿は深い愛に溢れ、瑠璃さんと詩さんのふたりの場面がとても素敵だなと印象に残っています。

 

 

詩人のヘンリー・ワズワース・ロングフェローを演じるのは、大希颯さん。

碧海さん演じるグリスウォルドが見つけた詩人なのですが、とにかく顔がいい、背が高い、脚が長いと見た目ばかりを評価されてしまいます。

 

しかし、顔の良さ・足の長さ・品の良さに華やかさと、大希さんのロングフェローを一目見れば、そのビジュアルの麗しさに自然と納得してしまいます。

 

実際は才能もある人物だと思うのですが、エドガーとグリスウォルドの対立に挟まれてしまい、一番割を食った可哀想な人物というのもあり、憎めない可愛らしさが魅力的です。

 

エドガーとの立ち位置でいえば対立する側ではあるものの、誠実さを貫き通す爽やかさがかっこよく、大希さん本人の堂々とした印象に優しい人柄がにじみ出ており、お茶目さやチャーミングさが全面的に感じられました。

 

 

今回の作品は、物語自体は重ためな作品ではあるものの、主演の天飛さんご自身の魅力である明るい空気感も根底に感じられ、またエドガーとヴァージニアの互いを想う愛が溢れ、天飛さんと詩さんのお芝居の空気感も温かくとても素敵でした。

 

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