元宝塚歌劇団 月組 葉月さらさん【2022年】
樽井美帆です![]()
宝塚歌劇の夢と情報をお届けする『レビュー・ステイション』
2022年11月19日(土)は、スペシャルゲストデイをお届けしました!
お迎えしたのは、
元宝塚歌劇団 月組 葉月 さらさん![]()
1999年、『ノバ・ボサ・ノバ』で初舞台を踏まれた85期生。
2007年、月組公演『パリの空よりも高く』・『ファンシー・ダンス』をもって退団されました。
葉月さんが初めてご覧になった宝塚歌劇は、月組公演『天使の微笑・悪魔の涙』。
それまでレビューやエンターテインメントの世界に触れたことがなかったため、その衝撃は今でも忘れられないほど凄まじかったそうです。
一人一人の表情も違えば仕草も違い、全員がバラバラに動いていることに一番びっくりされたとのこと。
のちに劇団に入られてから、その作品の演出家である小池修一郎さんの作品に出演された際、お稽古場で「ちょっと葉月さん立ってください。今の場面もう一回やってみて」と小池さんに言われ、みんなの前で演じることがあったそうです。
ダメ出しをされるのかとドキドキしていた葉月さんに、小池先生がかけた言葉は「あなたが一番最初に観た宝塚の作品は何ですか?」。
葉月さんが「『天使の微笑み・悪魔の涙』です」と答えると、先生は「ブラボー!」と大絶賛!
小池先生は葉月さんの初観劇作品を知らずに質問され、葉月さんもそれが小池先生の作品だと知らずに答えていたため、先生から「いやー、それ僕の作品だよ!」と言われて「そうでしたか!」と驚き合ったという、なんとも微笑ましいエピソードを明かしてくださいました。
初めて観た時は「こんなキラキラした世界があるんだ、同じ人間なのかしら」という衝撃が強く、圧倒されていた葉月さんですが、観劇を続けるうちに「あのキラキラした人になりたい」という憧れへ変わっていったそうです。
そんな時、お母さまが「4人も娘がいるんだから、誰か一人くらい宝塚に入ってくれないかしら」と一言。
それを聞いた葉月さんが「じゃあ私が入ろうか」と答えたことから、タカラジェンヌへの道が始まりました。
お母さまはご自身も宝塚に入りたかったものの、お祖父さまの猛反対にあって夢を諦めたという過去があったため、娘たちに夢を託す思いがどこかにあったのかもしれませんねと葉月さん。
劇団に入ってからはずっと応援し続けてくれたお母さまですが、いざ我が子が舞台に立つと「セリフを間違えるんじゃないか、振りを間違えるんじゃないか」と、毎回ドキドキして心臓に悪かったそうです😊
安心して観ていられず、いつも半分目をつぶりながら客席で祈るように観ていたという、お母さまの深い愛を感じるお話に胸が温かくなりました。
現在、なんと葉月さんご自身も4人のお子さまのお母さまでいらっしゃいます!
初舞台は、喜びよりも「ラインダンスや口上を絶対に間違えてはいけない」という強い使命感と責任感で必死だったそうです。
大劇場の舞台に立ってみると、客席から観ていた景色とは全く違って本当に眩しかったとのこと。
当時とても視力が良かった葉月さんは、大劇場の2階席のてっぺんまで、お客様お一人お一人の目がハッキリと見えていたそうです。
客席数は約2500。
5000個の瞳が舞台のライトに反射して、まるでビー玉のようにキラキラと輝いていた光景を見た瞬間、全身に鳥肌が立つほど大感動されたそうです。
2002年の『ガイズ&ドールズ』は、同期の映美くららさんがトップ娘役に就任されてから初めての宝塚大劇場公演でした。
葉月さん自身も同期として「星組から組替えで月組に来た彼女を、安心させてあげたい」と思われていたそうです。
ちなみに、映美さんが演じられたヒロインの役名が「サラ・ブラウン」。
葉月さんはご自身の芸名が「さら」であることから、劇中でトップスターの紫吹淳さんが「サラ!」と呼ぶたびに、内心ではひそかに「あ、私のこと呼んでる!やった!」と、喜びを感じていらっしゃったという可愛い秘密も教えてくださいました。
2006年の日生劇場公演『オクラホマ!』では、なんと正真正銘「サラ」という役に!
ですが残念ながら、劇中ではあまり周りから「サラ」と名前で呼ばれる機会が少なかったそうで、「私サラなんだけどな」と思いながら演じていらっしゃったとのこと😆
2004年の映美くららさんミュージック・サロン『マイ・スイート・メモリー』。
同期の映美くららさん退団直前に、宝塚ホテルで開催され、同期9名に日替わりゲストの柚希礼音さんを加えた同期10名が出演するという、大変豪華なステージでした。
ディナーショーでこれほどの大人数が出演することは滅多にないため、なんと当時は「ワイヤレスマイクの数が足りなくなる」という異例の事態が発生したそうです。
そのため、葉月さんは有線のコード付きマイクを持って歌い、踊ることになりました。
くるくると連続で激しく回る振付の場面があり、葉月さんはマイクのコードが体に絡まないように、回りながら右手、左手、右手、左手と器用にコードをさばきながら回っていたつもりだったのですが、最後に「バシッ」とポーズを決めた瞬間、有線の線のコードが下から上まで体に見事にぐるぐる巻きに巻き付いてしまっていたとのこと!
ポーズの後すぐに舞台袖へハケなければならない演出だったため、葉月さんは回った時とは逆の方向に反回転しながら、くるくるとコードを解くように回りながら華麗に袖へとハケていかれたそうです🤣
愛おしいハプニングを笑顔で振り返ってくださいました。
同期生とのお話しをもう一つ。
華形ひかるさんの退団公演宝塚大劇場千秋楽(2020星組公演『眩耀(げんよう)の谷~舞い降りた新星~』・『Ray -星の光線-』)では、葉月さんが同期生代表としてお花渡しを務められました。
コロナ禍での退団公演でしたが、卒業を控えた華形さんの言葉に、葉月さんは感動されたそうです。
「私は、このままもし千秋楽の舞台に立てなかったとしても、1回1回の公演をいつも命をかけてやってきたつもりだから、あの舞台が最後だったとしても悔いはない」ときっぱり言いきられたとのこと。
その言葉を聞いた時、葉月さんは「こんなにも命をかけて舞台に立っている人と同じ舞台に立って見送るのに、生半可な気持ちでは送り出せない」と、覚悟を決められました。
華形さんの覚悟に見合う自分でありたいと強く思い、身も心も一番キレイな状態で送り出すために「ファスティング(断食)」という最大の努力をしてお花渡しの舞台へと臨まれたそうです。
華形さんとは音楽学校時代、出席番号がずっとお隣同士で、歌もタップダンスもずっと隣、試験の2人組も、演劇の男役・娘役のペアもずっと一緒に組んできた、まさに「ニコイチ」のような大親友。
舞台に出る直前までは「どうしよう、ヒャー!」と大緊張されていた葉月さんですが、一歩舞台に足を踏み入れると、懐かしい素晴らしい景色が目の前に広がっていたそうです。
特別な覚悟と思い出、そして同期愛をお話しくださいました。
2005年『エリザベート』では死刑囚の母親役。
葉月さんはこの役を新人公演、そして本公演の代役でも演じられました。
当時は演出の先生から「葉月さん、何回やっても頭の一拍目がズレてますね」といつも言われていたそうです。
ご自身では完璧にリズムを守っているつもりなのに、どうしても先生からズレてると言われ、本番もうまくいったのか分からず首を傾げていたとのこと。
なぜか出だしは間違えているのに、歌の終わりにはバッチリ帳尻が合うという、不思議なエピソードも明かしてくださいました。
2006年、宝塚バウホール公演『想夫恋』では、日本物にもご出演。
海外物の舞台化粧は、ダブルラインを描いていかに目を大きく彫り深く見せるかがテーマですが、日本物では逆に、切れ長の細い目に仕上げなければなりません。
葉月さんは「私、宝塚に入学した時は、腫れぼったい一重まぶただったんです。だから日本物の顔はそのまんまでよかったんです……」と衝撃の発言!
現在は、ぱっちりとした綺麗な二重まぶたの葉月さんですが、現役時代に毎日つけまつげを付け続けていたところ、その形がまぶたに記憶されて自然と二重まぶたのラインができたのだそうです👀
2006年『暁のローマ』。
とにかく大勢口の移動が多くて、ずーーっと走っていた記憶しかないそうです。
葉月さんは舞台を右から左、左から右へと大勢で大移動する役どころが多かったため、舞台袖にはけた瞬間も、後ろから来る下級生たちが詰まって舞台上に残ってしまわないよう、袖の奥の奥まで全力疾走で走り抜けなければならなかったそうです。
ダイナミックで迫力のある舞台の裏側には、そんな娘役さんたちの全力疾走の努力があったのですね
葉月さんの退団公演となった2007年『パリの空よりも高く』・『ファンシー・ダンス』。
「宝塚といえばパリ」という憧れの世界の中で卒業できることがとても嬉しかったそうです。
東京千秋楽は、4月1日。
なんとトップスター瀬奈じゅんさんのお誕生日当日でした!
大階段を下りて退団のご挨拶をし、さらに幕前で「一言どうぞ」と瀬奈さんに促された際、頭の中が真っ白になって「あさこさん、お誕生日おめでとうございます!」とおっしゃった葉月さん。
瀬奈さんからは即座に「いや、ありがとうなんだけど、あなた自分のことを言いなさいよ!」と愛のあるツッコミを入れられてしまったそうです🤣
葉月さんは現在、ピラティスのインストラクターを中心に、「その人が本来持っている輝きを取り戻すお手伝いをするナビゲーター」として幅広くご活躍されています。
ピラティスを通して本来あるべき楽な姿勢を整え、インナー(内臓)からは美腸活や体質改善のための食事・ファスティングを指導。
普段の生活の中で、周りの人に合わせすぎて「本当の自分はどうしたいのか」・「何が好きだったのか」がぼやけて、自分の得意なことを見失ってしまう日本人がとても多いと語る葉月さん。
その人の本来の輝きがダイヤモンドだとしたら、周りにくっついてしまった余計なものを1個ずつ剥がしていく作業をされているそうです。
詳しくは葉月さらさんのInstagramをご覧くださいね。
葉月さんの旦那さまは、大阪府茨木市にある『茨木智菓庵 つたや』を営む和菓子職人さん。
旦那さまご本人が洋菓子が大好きということもあり、和の優しさを感じるような和洋折衷のお菓子がたくさん並んでいるとのこと。
和菓子屋さんが手がける洋菓子、とっても優しくて特別で美味しそうですよね。
とてもあたたかく落ち着いた優しい雰囲気をまとわれている葉月さん。
宝塚歌劇が身近に感じられるたくさんの貴重なお話を聞かせてくださいました。
葉月さらさん、ご出演くださいまして本当にありがとうございます!










